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旭川地方裁判所 昭和36年(わ)364号 判決

被告人 細川康広

昭九・一二・二二生 自動車運転者

主文

被告人を禁錮一〇月に処し、未決勾留日数の全部を右刑に算入する。

訴訟費用は、被告人の負担とする。

理由

(罪となる事実)

被告人は、昭和三六年一月から旭川や札幌でいわゆる白タクの運転を業としていたものであるが、同年九月六日の午後一〇時ごろに清酒を四合飲み、翌七日午前零時過ぎごろにはまだ呼気一リツトルにつき〇、二五ミリグラム以上のアルコール分を身体に保有し、その影響により正常な運転ができないおそれがある状態であつたのであるから、自動車運転者としてはその運転を断念し、事故の発生を未然に防止しなければならない業務上の注意義務があるのにかかわらず、あえてそのころ、普通乗用自動車旭五は一〇五二号を運転し、転職のことなどを考えていたことも手伝つて注意が散漫となり、法定の除外事由がないのに旭川市大町二条通の道路の車道の中央から右の部分を、大町二条七丁目の方から同三丁目の方に向けて時速約五、六〇キロメートルで、しかも前方に対する注意を全く欠いたまま進行した業務上の過失により、同五丁目先の車道右側に停車していた第一種原動機付自転車にわずか五メートルの至近距離にせまるまで気付かず、発見後あわてて急ブレーキをかけたがすでに遅く、そのまま自車の前部を同自転車に衝突させて、同自転車付近にいた高橋忠夫(当時四八年)をその場にはね飛ばし、腰椎骨々折および顔面挫傷にもとづく脳震盪により、すぐその場で死亡させたものである。

(証拠の標目)(略)

(法令の適用)

法律によると、判示所為中、酒気帯び運転の点は道路交通法第六五条第一一八条第一項第二号、道路交通法施行令第二七条に、通行区分違反の点は道路交通法第一七条第三項第一二〇条第一項第二号に、業務上過失致死の点は刑法第二一一条前段、罰金等臨時措置法第三条にそれぞれ該当し、以上は一個の行為で数個の罪名に当る場合であるから、刑法第五四条第一項前段第一〇条により、刑の最も重い業務上過失致死罪の刑によつて処断することとし、所定刑中禁錮刑を選択し、その刑期の範囲内で、諸般の事情、ことに本件の過失が、被告人が酒に酔つて自動車運転者としての基本的義務である前方注視義務を怠つたことによるものであること、被告人が事故発生後、自己の責任を免れるため、なんらの措置も講ずることなく現場から逃走していること、および被告人が昭和三二年以来、道路交通取締法施行令違反の前科四犯、および自動車運転にもとづく業務上過失傷害罪の前科一犯を有するものであることなどを考慮して、被告人を禁錮一〇月に処し、刑法第二一条により未決勾留日数の全部を右刑に算入し、訴訟費用は、刑事訴訟法第一八一条第一項本文により被告人に負担させることとする。

(罪数に関する当裁判所の見解)

検察官は、本件を酒気帯び運転罪、通行区分違反罪および業務上過失致死罪ごとに、それぞれ一罪が成立するものとして起訴しているので、これらの罪の罪数について、以下に当裁判所の見解を示しておくこととする。

まず、酒気帯び運転と業務上過失致死との関係についてであるが本件のように、事故の直接の原因、あるいは直前の原因となつたものが前方に対する注視を怠つたということであるような事案においては、その前方に対する注視を怠つたという行為と酒気を帯びてする運転行為とを別個の行為と考えてか、両者を想像的競合ではなく併合罪であるとする見解が一般に行なわれているようである(昭和三三年三月一七日最高裁決定参照)。しかしながら、ある二つ以上の犯罪が想像的競合となるか併合罪となるかは、犯罪の成立要件である構成要件に該当する行為が一個であるか否かによつて決すべきものであつて、責任条件の存在を理由づける行為が一個であるか否かによつて決すべきものではないから、このような見解には賛成できない。本件で、前方に対する注視を怠つたということは、単に被告人が自己の自動車運転行為によつて被害者が死ぬるということを知らなかつたことについて、無過失とはいえない、すなわち過失があるということを理由づける事由であるにすぎないのである。それは、もちろん構成要件に該当する行為ではない。構成要件に該当する行為は、人に危害を与えるおそれのある自動車運転行為により被害者を死なせるということなのである。これが想像的競合と認めるべきか否かを決定する行為である。この行為は、酒気を結びてする自動車の運転行為と同じものである。もちろん両者は、完全に重なり合つているわけではないが、その主要部分が重なり合つているのであるから、両者は想像的競合であるといわなければならない。

なお、もし所論のような見解によると、故意犯と過失犯との間ででは一般に想像的競合が成立する余地はないことになるのであろう。すなわち、たとえば、甲が乙方の窓ガラスを石を投げて破壊したところ、はからずもその石が屋内にいた乙に当つて乙を負傷させたというような場合においては、器物毀棄罪と過失傷害罪が成立することになるが、両者は想像的競合ではなく併合罪ということになるであろう。この場合には、石を投げる行為と乙がいることを確認しなかつた行為とが同一でないからである。しかし、このような結論にはとうてい賛成できない。この場合における両罪の行為は、いずれも乙方の窓ガラス目がけて石を投げるということで、同一であるから、両罪は想像的競合の関係にあるのである。

次に、酒気帯び運転と通行区分違反との関係についてであるが、この点については、両者は同一の自動車で同一の日時場所で行なわれたという点で一個の行為とみることも可能ではあるが、その運転行為に対して、酒気を帯びてとか、道路の右側をという各別の要件が付加されることによつて、具体的な行為としては別個のものと観念すべきであるとして、両者を併合罪とみる見解がある。しかし、両罪はともに自動車の運転行為を基本として構成されている犯罪で酒気を帯びてとか、道路の右側をというようなものは、基本となる自動車の運転行為の偶性に過ぎないもので、このようなものが付着しても自動車運転行為そのものの同一性に差異を生ずべきものではないから、このような見解にはにわかに賛成できない。むしろ、右に述べた基本となる運転行為が一個であるから、想像的競合と解するのが至当である。

なお、念のため付け加えておくが、酒気帯び運転罪の構成要件は、「車両を運転し」となつているのに対し、通行区分違反罪のそれは、「車両は通行し」となつていて、両者は一見異なつているようにもみえないことはないが、その実は、いずれも車両を操縦して進行することであつて差異はない。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判官 坂本武志)

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